コーチングやNLPではよくモデリングと言う言葉を使います。
自分が理想とする人であったり、その人すべてではなくても、その人のある特質を真似することで、同じ結果を得ようと言うものです。
そもそもNLP自体が、ミルトン・エリクソンやフィリッツ・パールズなどの卓越したセラピストをモデリングして出来たものですね。
大学時代、少林寺拳法をやっていた時に、少林寺の友人たちとある空手の試合をテレビで見ていました。
ある選手の動きが、とても速く、他の選手を圧倒していました。
そして、それを見ていたある友人(そういえば、私の演武のパートナーでした)が、次の日から異様にスピーディーな乱捕(空手などで言う組み手)を見せていて、周りの人を驚かせていました。
この場合、細かいテクニックのモデリングと言うレベルではなかったですが、明らかに彼の動きが変わりました。
スピーディーな動きのイメージができただけで、次の日には激変!
まぁ、数日経つと元のような動きに戻ってしまっていまい、「イメージは記憶できない」と言われることも実証してくれましたが(笑)
さて、話を戻して・・・
モデリングです。
ある時、自分が憧れる人であったり、尊敬する人がいたとして、その人の考え方であったり、在り方であったりをモデリングするということが良く行われます。 モデリングと言う言葉を知っているかどうかは別として。
まったくのゼロから自分で創造してももちろん良いのですが、時間がかかりすぎますね。
車を作る時に、タイヤを発明するところから始めなくてもいいですね。
そして、モデリングの極意として、その人の行動だけを真似するのではなく、その人の信念や価値観レベルでモデリングする、ということがよく言われます。
まぁ、でもまずはそんな大したことでなくてもいいのです。
たとえば、ある人の所作が美しいと思ったら真似をする。
ある人の歌い方が自分に合うと思えば、それを真似する。
とりあえず試着感覚で試してみてもいいのではないでしょうか?
それで合わなかったら、モデルを変えればいいし、自分に合うようであれば引き続き着続ければいい。
何でもかんでも手を出して、すぐに飽きてしまうと言うのはあまりよくないかもしれませんが、あまり執着しなくてもいいかもしれません。
その時は自分にあっていると思った、役立っていると思ったのかもしれませんが、今はそうではないかもしれませんからね。
執着して、それで自分はダメなんだ!なんて苦しまなくてもいいと思います。
今日、ちょっと自分で「あれ、あまり上手く行かないな」と思って、別のモデルを探してみたところ、自分にぴったり(するかもしれない、よりよい)モデルが見つかりました。
モデリングに限らず、「執着を手放す」のって、楽しくないですか?
場合によっては、心がすっきりしますよ!
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