一ヶ月ほど前でしょうか?
あるところで会った人が、帰りの電車の中で言っていた言葉です。
「○○しなければいけないので、△△できないんですよ」
この言葉を聞いただけで、苦しくなりませんか?
○○の部分
たしかに、一般的には良く言われていることでした。
でも本当は、別に
「○○しなければいけない」
訳ではありません。
ガイドラインであって、ルールではありません。
しかも、そうしないからと言って、他人・自分に害があるわけではありません(このケースの場合)。
誰かに罰せられるわけでもありません(このケースの場合)。
「うーん、この人も無駄に苦しんでいるな」
私が最近思っているのは、
世の中、無駄に苦しんでいる、無駄に悩んでいる人が多いな
ということです。
もちろん、当人は真剣に苦しんで、悩んでいるのです。
私もかつてそうだったし、いまでも油断すると苦しんだり、悩んだりすることもあるので、分かります。
「○○しなければいけないので、△△できないんですよ」
ちょっとずつ変えてみましょう。
「○○するということに決めているので、△△できないんですよ」
ちょっと、自分でコントロールしている感が出てきました。
もうすこし変えてみましょう。
「○○するということに決めているので、(今はまだ)△△しないようにしているんです」
だいぶいい感じになってきました。
「実際にはやっていない」という点では何も変わりありませんが、だいぶ印象が違います。
その言葉を聞いた人に与える印象も、その言葉を発している自分に対する影響も。
でも、印象・感じが変わるだけではないですね。
「○○しなければならない」と言う言葉遣いをしていると、なんとなく自分ではコントロールできない、被害者的感覚が自分の中で沸き起こってきます。
そして、
「△△できない」と言う言葉遣いをしていると、自分に対する無力感をどんどん強めていってしまって
「私は出来ない」
と言う気持ちが強くなっていってしまいます。
「○○しなければいけないので、△△できないんですよ」
このような言葉遣いを繰り返していると、それは潜在意識の中にどんどんたまっていってしまい、いずれ自分で気づかないうちにそれを真実として信じ込んでしまいます。
ビリーフ・思考パターンの出来上がりです。
そして、そのビリーフ・思考パターンが現実を作っていくようになってきます。
怖いですね。
普段使っている言葉に、いまいちど注意してみませんか?
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